「ハッカー中心の企業文化」を偉い人に説明する

デブサミ2011で、よしおかひろたか氏のセッションを聞きました。
「生涯一プログラマ宣言」が非常に印象に残っているのですが、直接お話を聞くのは初めてです。
期待して聞きました。

2011-02-27

非常に素晴らしいメッセージだと思いました。


ハッカー文化は、「自分に心地良いから」必要だ、というよしおかさんのメッセージは、エンジニアである私には非常にプリミティブに共感できます。その他の理由は「偉い人に説明するための理屈」という割り切りも素敵です。

ただ、私はエンジニアでありながら、夜間大学院で経営学を学んでいます。それは、やはり偉い人に説明するための理屈も必要と感じているから、という面もあります。

偉い人たちの一部は、企業経営はトップダウンで進めるべきで、ハッカー中心の文化は正しくない、と考えています。しかし、これは正しくありません。ハッカー文化が企業の業績に貢献するということは、現代の経営学ではスタンダードな考えです。
トップダウン型の経営戦略論を、「分析型戦略論」と言います。しかし、下に示す「分析型戦略論の前提」を満たす企業がどれだけあるでしょう。


■分析型戦略論の前提
(1)環境が分析可能であること。
(2)組織メンバーが提示された戦略を十分に了解し、自動的に計画通りに動くこと。
(3)戦略決定者が戦略代替案を全て列挙でき、その結果も予測することができること。
しかし、現実はそうではない。「行動の中から戦略を生み出す」こともある。
⇒「プロセス型戦略論」の台頭

特にハイテク・ソフトウェア企業において、
 (1)環境は分析・予測が難しい。
 (2)社員は「提示された戦略(中期経営計画など)」を、単なる計数目標としか思っていない。
 (3)戦略決定者(役員・管理職)は最新の技術動向が理解できない。
というのが実際のところではないでしょうか。


そのような企業では、プロセス型戦略論のアプローチ「行動の中から戦略を生み出す」ことが重要になります。アジャイル的で、ボトムアップで、管理より自由・自律を重視する企業戦略です*1


ではそのような場合、経営者は、何をすればよいのでしょうか。行動の中から戦略を生み出す場合であっても、「企業内の人々の意思決定の指針となるもの」としての経営戦略が必要なのです。例えば、世界2位の製薬会社のメルクは、


このことは、メルクが2000年に出した年次報告書によく表れている。同社は優秀な社内研究組織を抱えていることで広く知られているが、報告書の8ページには、次のようなことが書かれている。
「メルクは、世界の生物医学研究の約1%を担っている。しかし、世界中の大学、研究機関、企業と積極的に連携して残りの99%を取り入れ、最良の技術と潜在製品をメルクに持ち込まなければならない。バイオテクノロジーとヒトゲノム(最近目立つ2つを挙げただけに過ぎないが)の知の奔流は、1つの企業が単独で相手にするには複雑すぎる。」
重要なのは、このような社外の知識供給源が、大学や国立研究所だけではなく、スタートアップ企業、専門的な小企業、個人発明家、さらには引退した技術スタッフや大学院生にまで広がっていることだ。

と、社外の知識に目を向けることの重要性を経営者が認識しています。
IT業界においては、社外の知識(イノベーション)の大きな供給源が「勉強会」であることは、もはや疑いがない事実であると思います。
経営戦略として、社員の勉強会への積極参加を掲げる企業があってもいいし、あるべきだと思います。


そうしたイノベーションを学ぶ場としていまもっとも機能しているのが勉強会です。もしも社外での勉強会の出席を禁止している企業があるとすれば、イノベーションに取り残されていくか、あるいはイノベーションを学ぼうという意欲ある社員を失うかのいずれかになるでしょう。

私も、自分のため、エンジニアのため、そして、企業の競争力向上*2のため、「ハッカー中心の企業文化を日本に根付かせる」ことに賛同し、応援します!


*1:創発的戦略」とも言います。デブサミ2011のテーマとも合致しますね!

*2:意地悪な人は、「じゃあ、なぜハッカー文化があったはずのDECはイノベーションのジレンマに陥り競争に敗れたのか?」と聞くかもしれません。私の答えは、現代の二都物語 なぜシリコンバレーは復活し、 ボストン・ルート128は沈んだか アナリー・サクセニアン (著), 山形 浩生 (翻訳), 柏木 亮二 (翻訳) にあるように、ハッカー文化には外部性(規模の経済性)があり、「オープンなハッカー文化が根付く地域性」が重要なのではないかと考えます。