正しい「正しい日経新聞の読み方」の読み方

LilacLog さんのblogを読ませていただきました。
http://blog.goo.ne.jp/mit_sloan/e/bfa3c758e46d24ca37b97d6ad063cdc9

最初に断っておきますが、論旨には私は賛成です。私のこれから書くことはちょっとした補足と思ってください。

日経新聞を批判的に読むこと自体は、私も大賛成です。ただ、私は、新社会人や学生の方は、15〜20分でざっと全体を読むのではなく、疑問に思った記事を30分くらいかけて「なぜ」「なぜ」と考えながら、一次資料にも当たりながら突き詰めていくことをおすすめします。


blog には、「雨」「傘」の例として、このような記述があります。


記事には、ホンダや三菱自動車が手元資金積み増し企業例として載っている。別の日の記事を思い出すと、自動車企業は、一部の部品の調達が間に合わず、生産が遅れているという話があった。ということは、ほとんどの部品については調達を継続してるから資金は出て行くのに、ある一部の部品が間に合わずに製品は出荷できず、お金が入ってこない、となることを想定しているのではないか。

日経新聞の「雨」「傘」を素直に信じてはいけないのと同様、この記述も素直に信じてはいけません。ほんとうかな? と突き詰めていくことが特に初学者には必要です。
では、一次資料に当たる、すなわちホンダの2011年3月末決算を見てみましょう。


本田技研工業?(7267)2011年3月期決算短信 より引用)

確かに「現金および現金同等物」は増えていますが、「たな卸資産」は減っています。また、「自動車会社は、一個流しや後工程引取で先進的な取り組みをしている」という一般知識と組み合わせると、生産が遅れているのに調達を継続というのはおかしいかな? と考えることもできるかと思います。

その後の鉄鋼業に関する記述についても、


例えば、自社が今のところ上流からの影響は少ない鉄鋼メーカーだったとする。自動車業界がこんな状況だと、今は出荷は順調だけど、そのうち多くの部分で需要が止まるかもしれない、と「雨」のストーリーを作っていくわけである。

とありますが、これも「鉄鋼生産(特に高炉)はフレキシブルに生産量を調整できない」という一般知識や、他の報道と組み合わせると、
「今は出荷が落ち込んでいるが生産は落としていないため在庫が積み上がりつつある。需要回復や復興需要が読みにくいので、様子を見て、場合によっては減産を考える」
と考えることもできるかと思います。


「傘」に関する記述も同じです。


むしろ一般的には、市況変化が大きな業界で、資金回収が不安定になる可能性が高い企業が、キャッシュがショートしないように手元資金を多く持つ傾向が高い。例えばGoogleがそうだし、米国のバイオベンチャーもその傾向が強い。手元資金を成長につなげろ、といいたい気持ちは非常にわかるが、ちょっと飛びすぎ感がある。

実際に一次資料に当たってみると、Google の現金および現金同等物の直近の残高は、売上の 14.1 ヶ月分になります*1
それに比べて、「市況変化が大きな業界」として工作機械と比べてみます。工作機械は、不況時には受注が前年比6割減になるほどの、代表的な市況産業です。
工作機械メーカーの直近決算を調べてみると、牧野フライスで売上の4.62ヶ月分*2森精機で売上の0.74ヶ月分*3です。
これと、Google が他社の買収に食指を動かしているという報道、そして Google の売上が急に前年比6割減になることは工作機械よりは考えづらいかな、という一般知識を総合して考えると、むしろ Google の手元資金の厚みは、むしろ日経の主張する「豊富な資金力で戦略投資に踏み切る」ためのものと考えることもできるかと思います。


と、なんか批判めいた書き方になってしまいましたが、批判をする気は毛頭ありません。実際、多忙な経営者や売れっ子コンサルタントには、一次資料まで細かく当たるような時間はありません。いわゆる「限定合理性」の中で、「ヒューリスティクス」に基づいた意志決定が要求されます。
時間をかければより妥当な結論にたどり着くのは当たり前ですし、私の考察にも批判は多々あり得ると思います。

だからこそ、新社会人や学生の方は、最初は「なぜ」「なぜ」と常に考えながら、一次資料にも当たりながら突き詰めて考えていくことをおすすめします。そうすることにより、ヒューリスティクスが磨かれていき、それでいつの日かやっと、15〜20分で全体を、かつ批判的に読めるようになるのではないかと思います。



*1:http://finance.yahoo.com/q/ks?s=GOOG

*2:http://www.makino.co.jp/jp/ir/pdf/201104.pdf

*3:http://www.moriseiki.com/japanese/ir/announce/pdf/fy2010_4shihanki_kessan.pdf 他社より少ない理由は、コミットメントライン契約のためと思われます。コミットライン契約の未実行分 38,750百万円を現金同等物とみなして分子に加えると、4.60ヶ月とほぼ牧野フライスと同水準になります。